なぜ『EVE Online』は20年以上続いているのか|Carbon Engineオープンソース化から見るMMOの裏側
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Carbon Engineオープンソース化から見るMMOの裏側
多くのオンラインゲームは、数年でサービスを終了します。運営コストとプレイヤー数のバランスが崩れれば、どれだけ思い入れのあるタイトルでも終了せざるを得ません。そんな業界の中で、宇宙を舞台にした大規模多人数同時参加型オンラインゲーム(MMO)『EVE Online』は、2003年のサービス開始からずっと同じ一つの宇宙(サーバーを分割しない単一の世界)を維持し続けている、数少ない例外です。
開発元のFenris Creations(旧CCP Games)は2026年7月1日、内製のゲームエンジン基盤「Carbon」をソースコード共有サービスGitHub上でオープンソース化(ソースコードを公開し、誰でも中身を閲覧・改変できるようにすること)したと発表しました。公開されたリポジトリは33件。描画を担うTrinity、物理演算を担うDestinyなど、20年以上にわたって単一宇宙・大規模戦闘・プレイヤー主導経済を支えてきた技術の断面を、実際のコードで確認できるようになっています。
今回公開されたのは具体的に何なのか、逆に何が公開されていないのか、そして開発中の新作『EVE Frontier』とどうつながっているのか。専門的な用語には説明を添えながら、順番に見ていきます。
まずは公式トレーラーで『EVE Online』がどんなゲームかを。宇宙船を操り、広大な宇宙で戦闘・採掘・貿易・外交を繰り広げる、プレイヤー主導の世界観がつかめます。
映像:© CCP Games(EVE Online公式チャンネルより)。
公式スクリーンショットで世界観を確認。宇宙船同士の戦闘や採掘、ステーション周辺の様子がつかめます。
画像:© CCP Games(Steamストアページより)。クリックで拡大表示できます。
目次
要点まず何が起きたか
基礎知識Carbon Engineとは何か|Unity・Unreal Engineとの違い
Carbonは、Fenris Creationsが2003年の『EVE Online』サービス開始以来使い続けている内製のゲームエンジン基盤です。
ただし、多くのスタジオが共通で利用するUnity・Unreal Engine(世界中の開発者が広く採用している汎用ゲームエンジン)のように、ダウンロードしてすぐに誰でも一本のゲームを作り始められる完成品ではありません。Carbonは、描画・物理シミュレーション・ネットワーク通信・リソース管理・プログラミング言語Pythonとの連携・処理の順序を管理するスケジューリングといった、個別の実装群を組み合わせたフレームワーク(土台となる仕組みの集合)に近い存在です。
Unity・Unreal Engineは、汎用性と扱いやすさを重視して設計されており、インディー開発者から大手スタジオまで幅広く使われています。一方Carbonは、最初から「一つの巨大な宇宙をひとつのサーバー群で20年以上動かし続ける」という、かなり特殊な目的のために内製で育てられてきたという成り立ちの違いがあります。今回公開されたのは、その特殊な目的のために磨かれてきた実装の中身そのものです。
実績20年続く単一宇宙を支えてきた技術
『EVE Online』最大の特徴は、多くのMMOのように複数のサーバー(ワールド)にプレイヤーを分散させるのではなく、全プレイヤーが一つの宇宙を共有し続けている点です。
さらにこの宇宙では、アイテムの生産・輸送・売買・破壊のほとんどをプレイヤー自身が担うプレイヤー主導経済が20年以上動き続けています。運営側が一方的に経済を調整するのではなく、プレイヤーの行動そのものが市場や勢力図を動かしてきました。
この単一宇宙という設計は、桁違いに大きな戦闘を何度も引き起こしてきました。公式発表では、Fenris Creationsで開発担当ディレクターを務めるBen Hunter氏が、Carbonについて「『EVE Online』の単一宇宙・プレイヤー主導経済・そして8,825人が参加した史上最大級の一戦を含む大規模戦闘を支えてきた」とコメントしています。数千人単位のプレイヤーが同じ戦場に同時接続し、演算が破綻しないように処理し続けること自体が、Carbonという基盤に求められてきた役割です。
ここで言う「8,825人が参加した一戦」とは、2020年10月6日から7日にかけて約14時間続いた「Fury at FWST-8」という戦闘のことです。あるプレイヤー連合が建造した拠点施設を巡る攻防戦に114もの連合が入り乱れ、最終的に艦船6,746隻(うち首都級艦362隻)と拠点施設1基が破壊されました。
失われた資産の総額はゲーム内通貨で1.443兆ISK、実質のドル換算で約18,712ドル相当と見積もられています。この戦闘は「マルチプレイヤービデオゲーム史上最大のPvP戦闘(延べ参加者8,825人)」「同時参加者数最多(ピーク時6,557人が同時接続)」という2部門でギネス世界記録に認定されました。Carbonというエンジン基盤は、こうした桁外れの同時接続を10年以上前から実際に処理し続けてきました。
モジュール公開された主なモジュール
GitHub上の組織アカウントでは33のリポジトリが公開されています。中でも中核となるモジュールは次の通りです。
このほかにも、音声処理やメッシュ(3Dモデルの形状データ)の扱い、入出力処理、リソース管理などを担う複数のリポジトリが公開されています。ライセンス形態は一律ではなく、MITやApache License 2.0など複数のオープンソースライセンスがリポジトリごとに使われている状態です。利用や改変を検討する場合は、それぞれのリポジトリに記載された条件を個別に確認する必要があります。
関連作『EVE Frontier』との関係
Carbonは『EVE Online』専用の基盤ではありません。Fenris Creationsが開発を進めている別タイトル『EVE Frontier』でも、稼働の土台として使われ続けていると公式発表で明記されています。
『EVE Frontier』は、Sui(分散型の取引記録を管理するブロックチェーン技術の中でも、他のネットワークに依存せず単独で稼働する基盤であるLayer-1に位置づけられるもの)の上で動く、ハードコア(脱落や喪失のリスクが大きい、やり込み志向の)宇宙サバイバルMMOです。プレイヤーが自らロジックを組み立てて設備を動かす「Smart Assemblies」という仕組みが特徴とされています。
『EVE Frontier』は現在Cycle 6と呼ばれる段階にあり、正式なローンチ日はまだ発表されていません。今回のCarbonのオープンソース化は、20年運用されてきた『EVE Online』の技術資産が、次の世代のタイトルにもそのまま受け継がれていることを裏付ける発表でもあります。
経済実在の経済学者が分析する、ゲーム内経済
『EVE Online』のプレイヤー主導経済がどれほど本格的か、具体的な例を挙げます。CCP Games(現Fenris Creations)は2007年、アイスランド・アクレイリ大学で学部長を務めていたエイヨルヴル・グズムンソン氏(Dr. Eyjólfur Guðmundsson)を「リードエコノミスト」として招き入れました。ゲーム内の仮想経済を分析するために、実在する経済学者を専属で雇用したMMOとしては初めての事例とされています。
同氏は2014年に大学の学長就任のためCCPを離れましたが、その後もゲーム内経済を分析する体制は引き継がれ、現在も「EVE Online Economic Council」という組織名義で、インフレ率や資源の流通量などをまとめた月次の経済レポートが継続して発行されています。
この仮想経済への関心は学術界にも広がっており、フィンランドのヘルシンキ情報技術研究所(Helsinki Institute of Information Technology)が『EVE Online』内のマクロ経済指標を研究対象にした事例や、学術誌への論文掲載も確認できます。
さらに2025年3月には、アイスランド中央銀行のエコノミストだったステファウン・ソウラリンソン氏(Stefán Þórarinsson)が、開発中の新作『EVE Frontier』における経済設計の責任者として新たに起用されました。ゲームの中の経済が、片手間の設定ではなく専門家が継続的に手を入れる対象として扱われ続けている点は、このゲームが20年間続いてきた理由の一つと考えられます。
限界誰でもすぐに使えるわけではない
今回の発表は、あくまで「Carbonという実装群のソースコードが読めるようになった」という話であり、『EVE Online』というゲームそのものが誰でも遊べる形で公開されたわけではありません。宇宙船のグラフィックや音声といったゲーム素材、そして商標も自由に使えるわけではなく、これらは引き続きFenris Creationsの権利下にあります。
また一部のモジュールには外部のミドルウェア(他社が提供する専門的な補助ソフトウェア)への依存が残っているとされ、そのままの状態では外部の環境で完全に組み上げて動かすのは簡単ではありません。
歓迎できる点
- 20年運用された内製エンジンの設計思想が実際のコードとして読める
- 単一宇宙・大規模戦闘を支えてきた技術的な工夫を学べる貴重な事例になった
- 『EVE Frontier』でも継続利用されており、一過性の話題公開ではない
注意したい点
- 『EVE Online』本体・ゲーム素材・商標は非公開のまま
- 一部モジュールに外部ミドルウェア依存が残り、そのままでは動かせない部分もある
- Unity・Unreal Engineのような汎用エンジンの即代替にはならない
意義なぜこの公開が重要なのか
Fenris Creationsは2026年5月6日、韓国のパール・アビス(Pearl Abyss)傘下から経営陣主導で買収・独立し、社名を「CCP Games」から「Fenris Creations」に改めたばかりです。改名の背景には、旧社名の略称「CCP」が中国共産党(Chinese Communist Party)と同一表記になってしまう、地政学的な懸念があったとされています。
さらにGoogle DeepMindが少数株式を取得し、オフライン環境で稼働させた『EVE Online』のプレイヤー行動データをAIモデルの研究・評価に活用する提携も結ぶなど、この会社は体制そのものを再構築している最中です。今回のCarbonオープンソース化も、その再出発のタイミングに合わせて発表されました。
20年以上にわたって一つの宇宙を動かし続けてきたエンジンの中身が読めるようになったことは、ゲーム開発に関わる人にとって、大規模なオンラインシステムをどう安定させてきたかを学べる貴重な実例になります。もちろんこれは商用の汎用エンジンに取って代わるものではありませんが、長期運用されてきたMMOの舞台裏を具体的なコードで確認できる、数少ない機会です。
Fenris Creations(旧CCP Games)は2026年7月1日、『EVE Online』を20年以上支えてきた内製エンジン基盤Carbonを、GitHub上で33リポジトリとしてオープンソース化しました。描画のTrinity・物理演算のDestiny・Python連携のBlueなど、単一宇宙・プレイヤー主導経済・8,825人規模の大規模戦闘を支えてきた技術の中身が読めるようになった一方、『EVE Online』本体やゲーム素材・商標は引き続き非公開です。
Carbonは開発中の新作『EVE Frontier』でも稼働基盤として使われ続けています。今回の公開は一過性の話題づくりではなく、20年分の技術資産が次のタイトルへそのまま受け継がれていることを示しています。








